【キネマの神様】(著:原田マハ)

 

【キネマの神様】(著:原田マハ)を読了。

 

ギャンブルで借金を作った80才手前の父親のもう1つの趣味は映画を観ること。本人曰く70年の映画歴。そんな父親が潰れかけの出版社「映友」のサイトに文章を投稿したことがきっかけで、彼はゴウというペンネームを持ち映画ブログをスタートさせることになる。彼の映画の解釈に批判的な反応と自信の解釈を書き寄せるローズ・バッド。いつしか二人は旧知のごとくネット上で名映画作品の意見交換するようになり、その深いやり取りにブログの閲覧数もグングンと上がっていく。

 

原田マハさんの経歴は知らないけれど、『本日は、お日柄もよく』というスピーチライターを取り扱った作品(読んだことは無い)を書いているところを見るに、人が魅かれる文章とは何かということの本質を知っておられるのだなあと思う。

 

私は本の感想を綴るこのサイトを持っていて、読書感想に限らず色んなサイトを読み回っていて、いわゆるプロじゃない人が書いた文章に多く触れていると自負しているけれども、魅かれる文章というのは書き手の本心やその気持ちに至る人生が見える文章であるとつくづく思う。「勉強は大事である」「友達は数じゃない」なんて世間のきれい事を語った文章なんてつまらないし、良い事を言ってやろうという格好付けた文章も意外と読み手には伝わるものだ。

 

私がそんな文章を書けている自信はないが、「こんな感想を書いたら性格が悪いって思われちゃうかな」「良い気持ちにならない立場の人もいるだろうな」と顔も見えないたまたまこのサイトに辿り着いた人にさえ「良い人と思って欲しい」と誰が読んでも耳馴染みの良い事で済ませたくなる時がある。そんな時に「いやいやこれが私の感想だぞ。他人の顔色を気にして綴ることに何の意味があるんだ」と思い直して極力正直に綴っているつもりではあるのだけど…。

 

そんなわけで、主人公の父親が綴った映画ブログが人気が出るというのは理解できる。むしろ、インターネットの怖さを知らず好きなように映画の感想の述べることが出来、その上で70年もの長い時間、ものすごい数の映画を見ている、という点から見てもとても素晴らしい人選なのだ。

 

ゴウとローズ・バッドの友情の行方もさることながら、二人が書いた『硫黄島からの手紙』の感想は是非とも読んで欲しい。戦争を経験している人(二人ともフィクションから生まれた人物だからこの表現は変だけれども)にしか、その個人にしか書けない、そういう文章である。

 

“その個人にしか書けない文章“、上手い下手ではなくそういう文章こそが、人を惹きつける文章なのだと私は思っている。

 

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