【夜明けの縁をさ迷う人々】(著:小川洋子)

 

【夜明けの縁をさ迷う人々】(著:小川洋子)を読了。

小川洋子の書いた作品の感想を綴る時、いつも困る。リアリティーのある作品なら現実に照らし合わせて、ファンタジーな作品ならばその非現実さを楽しんで、感想を吐き出せばよいのだけど、小川洋子の作品はその中間に位置しているものが多いからだ。

 

例えばイマジナリーフレンド。これはその本人にしか認識できず、リアルには存在していないものであるが、小川洋子作品ではそれが第三者に認識できていたりする。でもって普通の人間が持ち合わせていない奇妙さを持っていたりするものだから、現実と非現実が曖昧な世界に読者は上手く言葉に出来ない不安な気持ちにさせられるのだ。

 

解説で

とはいえ九編を読み終えての感慨は、何より小川洋子という作家は発想の人だという驚きである。(P207)

とあるのだけど、まさに。ありそうで無かった世界で溢れている。

 

『曲芸と野球』は上で話したような、野球少年と彼のイマジナリーフレンド(曲芸師の風貌をしている)の物語である。練習を見守ってくれる曲芸師。負けが確定して味方も敵もウンザリしている僕のヒットを喜んでくれる曲芸師。大人になりお遊びの野球になった今でも見守ってくれる曲芸師。

 

最初、少年のイマジナリーフレンドが他者にも見えるという設定と小川洋子節の湿っぽさを楽しんでいた。

聞いた話によると小川洋子は野球が好きだそうだ。それを知った時、この物語の視点というか始点は野球少年ではなく曲芸師の方にあるのだと思った。野球少年の頑張りを見守りたい気持ち、諦めない少年のヒットを喜ぶ気持ち、大人になっても野球に触れていて欲しいという気持ち。そう考えると物語の成り立ちがスムーズなのである。

 

小川洋子という作家は発想の人』。まさに本体が存在しなければ生まれるはずのないイマジナリーフレンドの側から物語が起こっているのだとしたら、本当に不思議な感性を持った人だとしみじみ思う。

 

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