【原稿零枚日記】に小川洋子をみつけて。

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【原稿零枚日記】(著:小川洋子)を読了。

 

作家をやっている”私”は執筆がはかどらず、何かのヒントになればと日記を付け始める。

創作のために日常を綴っているはずだったが、その日記の内容は次第に実際に経験したことと創作との境目が曖昧になってきて…。

という話なのだと思う。多分。

 

あまりにリアルな夢を見た時、それが夢だったのか過去に実際に起きたことなのか分からなくなる時がある。

先日読んだ【東京二十三区女】という小説に、自分はもう死んでいるのだと思い込む鬱病を取り扱った物語があったのだけど、今自分が現実だと信じてやまないことが実は妄想の世界である可能性もあるんだよなあと思わされる小説だった。統合失調症とか、まさにそんな症状があったはず。

 

【原稿零枚日記】は日記形式で進む小説なので、”私”というキャラクターの凄まじい煮詰め具合が求められる。

小説家がどのようにキャラクターを構築することが一般的かは知らないが、俳優がテレビで語っているのを見聞きするに、自分から足し引きして役作りするタイプと、自分の存在などまるっきり無視して役作りをするタイプがいるようだ。

 

小川洋子さんはおそらく、キャラクターの主軸にいるのは自分自身で、そこに肉付けをしたり削いだりしてキャラクターを作っているのだと思われる。

 

フランクルの、『夜と霧』ですね」

私は言った。

「はい、了解しました。素晴らしい選択です。今日のように凍える夜、読む本として」(P117)

 

私は遠い昔に訪れたアウシュビッツ強制収容所を思い出した。(P221)

 

『夜と霧』というのは、ナチスの強制収容から奇跡的な生還を果たした男性が書いた本である。

小川洋子さんは作家になる原点として『アンネの日記』を挙げておられて、実際にアンネの隠れ家やアウシュビッツ収容所に訪れたエッセイも書かれているくらいである。

アンネの日記に関わることだけでなく、おそらく見る人が見れば『小川洋子らしい』そんなアイテムがあちこちに散りばめられているのだろう。

 

”私”は小川洋子にかなり似ている人物だと推測できる。小川洋子という作家から見ると世間はどんな風に見えるのか、そんなことが知りたい人には掘り下げ甲斐のある小説だと思う。

 

物語自体が面白いかどうかと言われると、面白くはない。…が、この小説は面白さで読み進めるというよりは、リアルと”私”の頭の中が混同している不安感、不穏さ、に読みどころがあると個人的には評価する。

 

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