【岸辺の旅】(著:湯本香樹実)

 

『岸辺の旅』(著:湯本香樹実)を読了。

 

三年前に忽然と姿を消した夫が帰ってきた。しかし夫・優介が言うに、本人は蟹に喰われて死んだらしい。妻・瑞希は帰ってきた夫と共に、夫のこの三年間を辿る旅に出る。

 

夫は瑞希の元に帰ってくるまでの三年間に、新聞配達をしているおじさんの元でお世話になっていたり、料理屋さんの夫婦の元にいたり、タバコ農家を営むお宅に住み着いて仕事を手伝ったりしていたことが、この旅で分かってくる。その場を訪れ当時のように過ごす優介を見る度に瑞希は、自分と過ごしていた姿とのズレを感じたりする。

 

読みながらずっと勘違いしていたんだけど、私はこの作品の背表紙のあらすじを読んで、この作品は『優介が死ぬまでの三年間を巡る旅』なのだとすっかり思い込んでいた。だけど『もしかすると、死んでから瑞希の元に戻ってくるまでの三年間なのでは』とふとついさっき気が付いたのである。

 

そう考えると抱く感想も変わってくる。

優介は抱える物がありそれを人に見せれず生きてきたのだろう、と思っていたけれど、そうではなく、あの淡々とした過ごし方は死者ならでは、とでも言えば良いだろうか。死ぬ恐怖がないことや、劣等感や優越感が必要ない様子が、いつもは生存者に紛れて生きていても、ぼんやりとした違和感として浮き上がってきているのだと。まさにアチラ側の人間とコチラ側の人間。

 

途中、生者であるはずの瑞希に対しても、あまりにも彼女がぼんやりと虚ろになっていくので「実は死んでいる人間って瑞希なんじゃないか?」って思ったりもしたんだけど、生と死が曖昧な場所を歩いていたらこんな風にもなるかもしれないなあと思い直す。ここに『岸辺の旅』というタイトルが効いている気がする。こう、生と死の際を歩いている感じ。

 

★★★

ここでできることは、もう何もなかった。季節は渡りを促している。海に挟まれた細い、今にも沈んでしまいそうな道を、私はふたりぶんの荷物を持って歩きはじめた。(P224)

 

すごく寂しいシーンだけれども、彼女が前を向いたことが読み取れる、間違いなく希望が詰まったシーンでもある。

 

東日本大震災の被災者の方のインタビューやエッセイで「死体が見付からないといつまでも待ってしまう」「死を受け入れられない」といった内容のことを読んだことがあるので、この旅は瑞希にとって必要な旅だったのだと思う。

 

岸辺の旅 (文春文庫) [ 湯本 香樹実 ]

価格:660円
(2022/11/7 17:38時点)