【むかしのはなし】世の中が不公平だって今さら気が付いたの?

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『むかしのはなし』(著:三浦しをん)を読了。

昔話をモチーフにした7つの短編集かと思えば、実はそれらがゆるく繋がっている連作短編になっていて驚き。

最後まで読み切って、1番始めに収録されている物語をチラリと覗いてみると見覚えのある名前が。うわー読み返したい!と思うのだけど、もう1度読み直す気力がわかず断念。年を取ると読書ができなくなるという人がいるのだけど、こういうことなのかな。

 

3か月後に地球に隕石が衝突することがほぼ確実のこととなり、地球を脱出できる日本人は1千万人ちょっと。3か月後をただ待つしかない人、それでも今までのように働く人、好きじゃない人と結婚することで地球を脱出できた人、誠実と引き換えに地球脱出のチケットを手に入れた人、が描かれている。

 

迫りくる隕石の存在を知らずにいれば、それはあっさりと根こそぎ奪うだけのものだったはずだ。奪われたことも気づけないほど突然に。

そう考えると、地球を滅亡させるのは隕石そのものではなく、隕石を恐怖する人間の想像力だ。現に、まだ隕石はぶつかっていないというのに、日常はあちこちで壊れはじめてしまっている。(P271)

 

チケットが手に入らず自暴自棄になる人、暴れる人、家庭を捨てて実家に帰ってしまう人…多くの人は今の生活を投げ捨ててしまうのだけど、そうじゃない人もいる。

1冊の中で私が好きだったのは、地球滅亡のニュースを耳にしても今までと変わらずタクシードライバーとして働く人を描いた『たどりつくまで』という章だ。

 

タクシー運転手が顔の半分を包帯に覆われた女性を乗せる。3か月後に地球は滅亡すると言われているのに、話を聞くと整形の途中らしい。タクシー内での2人の会話のやり取りが描かれている。

 

理不尽な人生の終了が近付くなか、地球脱出の抽選に申し込むこともなく、2人はそんな運命を静かに受け入れている。投げやりになることもなく、淡々と自分らしく、自分が望んだように生きようとする2人に、何故だかすごく好感を持った。

 

ロケットに乗る人間の選定方法に疑問を呈したひとがいたが、テレビでヒステリックに叫ぶ姿を見て、私はおかしく思った。いさまさ、なにを。この世には、選ばれるものと選ばれないものとが存在することに、隕石が近づいてくるまで気づいていなかったとでも言うのか。

私はなにごとにおいても選ばれたためしがないが、それがいいほうに転ぶこともある。諦めがよくなり、無駄な期待をしなくなる。凪いだ入江のように穏やかな気持ちで、絶望とも喜びとも無縁で暮らしていける。(P143)

 

私は結構この考え方、というか心の持ち方が好きで。

実際に「三か月後に隕石が衝突します。アナタは宇宙船に乗れません」と言われて冷静でいられる自信はないですけど、でもやっぱり最終的には「じゃあこの三カ月をどう過ごそうか」って考えられる人間でいたいですよね。

 

期待しすぎると、もし運よくチケットが1枚手に入ったとしても、『家族の誰かが助かる』ではなく『家族の誰かが死ぬ』としか考えられないですし。

 

「自分の体を」

ギアをドライブに入れ、ゆるやかに右に曲がる。「自分で居心地のいいように作りかえるのに、どうして理由が必要なのかが、私にはわかりませんね。整形と、ジョギングで体を鍛えたり、腐った盲腸を切り取ったりするのとは、どこが違うんでしょう」(P151)

 

整形には肯定も否定も、何にも思わないくらい興味がないですが、この言葉にグッときました。

 

地球が三か月後に滅亡する、と言われたら誰もが自分の好きなように生きようとすると思います。だけどそこには1つルールがあって、”人を傷付けないこと”、これは捨ててはいけない秩序だなあ、と。暴行は当然ダメだし、家族を捨てる…のは各々のご家庭で要相談って感じ?

 

しかしまあ、こういう命のタイムリミット系の話を読むと、問われている気になっちゃうんですよね。「…で、人間って絶対に数十年後には死ぬけど、その生き方で本当に納得しているの?」って。

 

後ろめたい方法で宇宙船に乗ることに成功した人たちが、宇宙での生活の中でどこか病んでいるような、過去を気にしているような、そんな描写になっているのも、生き方を考えさせられますね。

 

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