【嫁の遺言】現実の「おとぎ話」に白馬の王子は出てこないけれど

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【嫁の遺言】(著:加藤元)を読了。

 

昭和のどこか不器用で、でも人の心の温かさが確かに感じられる、そんな懐かしさに富んだ短編集。

器用に人生を勝ち進んでいる人よりも、不器用で「もっと上手くやり過ごしなさいよ!」って人に肩入れしてしまうのは、不器用にしか人生を歩めない人間ゆえに抱いてしまう贔屓なのだろうか。

 

「あほだなあ」「しょうがないなあ」と許されたり、受け入れられたり、そんな優しさってどうしてこんなに温かいんだろう。やっぱり密な関係じゃないと言えない言葉だからかな。

 

昨日、華原朋美がバラエティに出ていて、私の想像よりもずっとお茶目な人で驚いた。この人がどん底になった時に必要だったのは「もう朋ちゃん、アホやなあ」って笑って受け入れてくれて、失敗を過去の事として扱ってくれる人だったんじゃないかと思った。

 

あとがきで筆者がこんなことを述べている。

どの物語も、ハッピーエンドとは言えない。それだけの現実を背負っている。

しかし、主人公たちは、みな、昨日よりほんの少し、優しいひとになっている。そして、それ以上に幸福な「おとぎ話」の結末はないと、筆者は考えているのである。(P303)

 

その辺の曲がり角から白馬の王子様が飛び出してくることも、保護した犬猫が王子様・お姫様だなんてことも現実世界ではあり得ないわけで、現実の「おとぎ話」ってまあこんなもんだよなあと。

逆を言えば、昨日よりもちょっと穏やかでいられるのは、奇跡みたいに幸せな事なのかもしれない。そういうちょっとずつのことを大事にしていかないとなあと思った。三段跳びをして幸せになった人ばかりが目に付いて、このことを忘れてしまいそうになる。

 

余談にはなるけれど、そうやって不幸感で胸がいっぱいになった時には、スマホを置いて外に出ると良い。ネット上には情報が多すぎて、嘘か本当がキラキラした人がたくさんいて、現実の「おとぎ話」のような幸せを『この程度…』と”惨め”に変換してしまうことがある。外に出てみると、そんなキラキラばかりではないし、幸福に溢れていない自分も悪目立ちしていないことに気が付ける。

 

「どんな風に生きたいか」と問われているような気持ちになって、『不器用でも良い。立派じゃなくても良い。チャーミングに生きたい。』と、そんな風にかつて思っていたことを改めて思い出させてくれた作品だった。

 

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