【残像に口紅を】名前が存在を浮き彫りにする

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残像に口紅を】(著:筒井康隆)を読了。

あ・い・う・え・お。言葉がひとつずつ消えていく世界で生きる小説家を描いた物語。

 

『あ』と『ぱ』が消えた世界では、「モフモフとして、かつてブームになった動物はなんだったかな?」といった具合に。

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『る』と『か』も消えた時、その存在すら思い浮かばなくなって、この世から消えてしまう。

 

読み始めた時、言葉が欠けたくらいで存在も消えていってしまうなんて「どういうことだ?」とあまりピンと来なかった。

だけど、これが”目には見えないけれど存在している物”にあてはめると少しイメージがしやすくて。例えば『あい』とか『くうき』とか。『あい』という言葉がなければ、私たちはどうやって愛を認識するのだろう。『くうき』という言葉がなければ、私たちの周りに確かにある酸素を含んだこれらの存在が、存在することすら気が付けないのではないだろうか。

 

存在に値するものだから名前が付くのか、名前が付いたから大衆が認識できるモノになるのか、それは分からないけれど、『名前が付いたことで存在が浮き彫りになる』というのはありそうだなあと思った。だから、名前が無くなればその存在が薄くなりいつしか忘れ去られてしまうのだと。

 

主人公の娘の名前の一文字が消え、彼女の名前が出てこなくなって存在も消えてしまった時は『ことばが消えていく世界』ならではの面白さが始まるのだとワクワクしたけれど、中盤は中弛み。

なぜならば、文字が減っても意外と言い換えが出来て、物語や会話が成り立つから。赤色は紅色・朱色でも通じるし、妻は嫁ともパートナーとも言い換えられる。

「文字が減っても意外と平気だなあ」と思ってしまったのは、筒井康隆の語彙の多さゆえだろうか。

 

しかしながら、その言い換えも難しくなるほど言葉が欠けた世界まで到達すると、気味の悪さが戻ってきてまた面白くなる。

残っている文字が0に近付いていくにつれて、不思議とどんどん世界から色彩も失われていくような気がして、頭の中で再現される物語はモノクロに。

最後『さらに「ん」を引けば世界には何も残らない』、この一文が目に飛び込んできた時、世界が黒一色に支配されて何にも浮かんでこなくなった。300ページ余りをずっと共にしてきたはずの主人公の存在も、その瞬間私の中で本当に消えてしまったのである。

 

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