【炎上する君】の『ある風船の落下』について

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西加奈子、名前は知っていたし、いくつか賞を受賞している情報も耳にしていたけれど、実は初めて読む作家だったりする。

 

『炎上する君』を読んで「あぁ、こういう作風かあ…」という感想が良い意味でも悪い意味でも真っ先に浮かんだ。

 

自身の勝負ポイントなんだけど、それしか評価されていない気がして捨ててしまいたいと思った時に、引き取ってくれる業者が現れて…とか(『私のお尻』)。

拾った携帯に届いたメールにいたずら心で返信すると、そのやり取りが心地よくてハマってしまうのだけど…とか(『空を待つ』)。

 

映像を頭に作って読むと、どことなく不気味で、少し幸福で、摩訶不思議で、世にも奇妙な物語っぽいゾワゾワした雰囲気がある。

 

【炎上する君】に収録されている『ある風船の落下』の感想を残しておこうと思う。

【炎上する君】収録の『ある風船の落下』について

世界中で「風船病」の症状が見られるようになったのは、数年前のことだった。溜め込んだストレスがガスとなり、体を膨張させる奇病である。

 

「風船病」には段階がある。まずは身体が膨らむ。次に地上に足が付かなくなり常に数cm浮いた状態になる。その次は数メートル。最後は風船の空気が抜けるように勢いよく飛んで行ってしまう。

 

風船病を患っていたハナは母親の「あなたはここにいないことにするから。窓際には立たないでちょうだい」というセリフを聞いた夜に地上から飛び立っていった。

 

辿り着いた宇宙のような場所では、自分と同じような風船病を患っていた人がふわふわ浮いていたが、みな一定の距離を保っている。ここでは自分を傷付ける脅威も人もいないが、その代わり人と距離を近づけ心を通わせると地上へと落とされてしまうのだ。

 

「いい?ここは本当に天国よ。人を信じて裏切られることもない。あなたも、人に傷つけられたり、人に裏切られたりして、それでここに来たんでしょう。誰も信じず、誰にも寄り添わずにいる限り、あなたはずっとここにいられる。あなたを悪く言う人はいないし、あなたを傷つける人もいないのよ。ハナ。戻りたくは、ないでしょう。地上には。」(P190一部改変)

 

がっつりネタバレになるが、ハナは同じ風船病末期のギョームと心を通わせ、手を握って地上に落ちてくる。

 

『ある風船の落下』を読みながら、私は森山直太朗の『生きてることが辛いなら』という歌を思い出していた。

生きてることが辛いなら、いっそ小さく死ねばいい

 

この部分の歌詞が賛否両論だったらしいが、1曲聴いてみるとこの歌はむしろ「生きろよ」ってエールのような気が私にはする。

 

「死にたい」という言葉に込められた感情を考える時がある。

死にたいという言葉は「あの子みたいに生きられたら良いのに」「みんなみたいに過ごしたいのに」「普通に生きたいのに」っていう、ある種の『生きたい(生まれ変わりたい)』ってニュアンスが込められているんじゃないかと思う。

 

ハナが自分を取り巻いていた環境から強制的に離れることで、ギョームと新たな人生を歩む決意が出来たように、物語じゃなくリアルを生きる私たちだって、今いる環境を飛び出す勇気さえ持てれば、生まれ変わって新たな人生を選ぶことが出来るんじゃないかと思ったりした。

 

森山直太朗の『生きてることが辛いなら』のように西加奈子の『ある風船の落下』にも「生きろよ」そんなエールが込められている気がした。

 

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