【檸檬】(著:梶井基次郎)

 

檸檬】(著:梶井基次郎)を読了。

私の購入した文庫本には14の短編が収録されていて、【檸檬】はその表題作だった。

梶井基次郎が書く小説はどれもこれも死のニオイがする。かといって、死を悲観して憂鬱な日々を書いているわけではなく、残りの寿命を計算して生まれ変わって生きるようなものでもなく、ただただ静かに日々が綴られている。それは時に切ないが、穏やかな日々でもあって、寂しさとも幸福とも違う、何とも奇妙な気持ちにさせられた。

 

とある日の夜のこと。普段は八百屋の隣の家は明るいのに、その日は暗かった。それゆえに店頭の光が商品をまるでスポットライトのように照らしていて、【檸檬】の主人公はそこに並べられていた檸檬に心を奪われる。

 

檸檬が「レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単色な色(P.9)」と表現されているのが、何だか良かった。

野菜や果物を絵に描こうとすると瑞々しさやキラッと光が反射する様を表現したくなるけれど、檸檬はたしかにそれらから離れてコッテリした感じがする。

 

病を抱え、焦燥の主人公は【丸善】というお店に入る勇気がなかったのだけど(華やかな場所だから?)、今日は檸檬を持っているから入れる気がすると入店。しかし、幸せな気持ちどころか憂鬱になるばかり。そこで主人公は檸檬を爆弾に見立てて、檸檬を置いて店を出る。十分後に丸善が大爆発したら愉快なのになあ。

 

本人は自分を憂鬱にさせる場所が爆発するのを想像してクフクフとご満悦なんだけれど、現実は置いてあるのはただのレモンだって思うと、なんか可愛いなと私は思ってしまった。それに本人も檸檬が本当に爆弾になるとは思っていないと思うし。

 

たったの9ページの本当に短い小説なのだけど、その中に病気でお金もなく焦燥感が募っていること、そんな折に檸檬を見付けて幸福を感じたこと、檸檬の冷たさで病気を再実感したこと、煌びやかな場所に対する卑屈さ、そこに仕返しが出来てニヤッとする感じ、が表現されていて、こんな短い文章量の中にそれらがギュギュッと詰まっているってすごいと思った。

 

まあ、1発であこれこ想像できたわけではなく、読み慣れていない文体で頭に入ってこなかったから、全てを読み終えてからもう1度読んだんですけどね。

 

トマト、スイカ、キウイ、ピーマン、リンゴ…爆弾になりそうな果物・野菜を思い浮かべてみたのだけど、それらじゃダメで、やっぱり檸檬が1番しっくりくる。

だけど食べ物を見て「これって爆弾ぽいよね」なんて考えたことがないから、「檸檬って爆弾みたいだよなあ」と何もないところから思い浮かぶ梶井基次郎の感性というか視点はちょっと独特なんだろうなあと思う。

 

梶井基次郎は肺結核で31歳の若さで亡くなったのだけど、そういう情報を知ると、思うように働けず、活動的に生きられないもどかしさの中で、それでも何か面白い物を見付けようという視点で日々を過ごしておられたのだなあ、ということが小説のあちこちから垣間見えた。

 

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