『男どき女どき』(著:向田邦子)を読了。
向田邦子のエッセイ集かと思って手に取ったら、小説半分、エッセイ半分という仕様でした。
向田邦子さんというと昭和初期に生まれ、そんな時代背景の中で、女性執筆家として立派な稼ぎがあり、生涯独身で、飛行機事故で亡くなるといった、こんな表現をすると失礼にあたるのかもしれないけれど、まるでドラマの主人公のような生涯だなあ、と少々憧れに近い感情で本に手を伸ばしてしまう作家さんだったりします。
短編は4作収録されていて、その中で『嘘つき卵』が好きだったので、その感想を綴っておきます。
秀逸なのが、生卵を割ったら血豆のようなものが浮いていて、左知子が「あ」と小さく声を漏らすところから物語が始まるところ。子どもができない左知子、子どもができる鶏、の対比になっている。
タイトルにも”卵”が付いている通り、そこから卵や鶏を絡めて物語が進んでいく。
検査を受けると左知子の結果はシロ。夫の松夫にも検査を受けるようにお願いすると彼も「シロ」だと主張する。理由を聞くと、昔、とある女性を孕ませたことがあるらしい。結局生まれない命だったが。
その女性に心当たりのあった左知子は小さなバーへ。結局、その女性には会えなかったのだけど1人の男性カメラマンと遭遇する。
男と目が合うのが恐かったので、煙草をはさんでいる指先をみつめた。松夫と同じ先細の長い指先をしていた。格好のいい指だが、親指だけはずんぐりしていて、爪も四角く短いところも似ている。
何年前だったか、左知子は母親と一緒にストーブにあたっていて、指の形爪の形が母親とそっくりなことに気がついたことがあった。
指は背格好とも関係があるのか、男は背が高く痩せ型、胃弱タイプで松夫と同じ部類に属する男だった。(P90)
彼が撮ってくれた官能的な表情をした自分の写真を眺めながら、この人なら旦那にバレないのではないか、と考えているのだろう描写。
結局のところ、2人はそんな関係にはならないのだけど、その1ヶ月後に左知子は妊娠するのだ。
左知子はあの男の子どものような気がした。手も握ったこともないのだが、そんな気がする。松夫とは先輩の紹介で知り合った、見合い結婚である。取り立てて不満はなかったが、燃えたとか疼いたとかいうものを味わうことはなかった。みごもるためには、気持ちもからだもあたたまらなくては駄目だったのか、卵みたいに。(P93)
『嘘つき卵』という題名、そして新しい男の登場、てっきり”カッコウの卵”のような托卵エンドが待っているのかと思っていた。まさか”あたたまる”ことが卵と共通だったなんて。
そして”嘘つき”というのは、旦那を想って心があたたまったのではないんです、ってことだろうか。
男どき女どき (新潮文庫 むー3-4 新潮文庫) [ 向田 邦子 ] 価格:539円 |