【月光の夏】は8月に是非とも読んで欲しい1冊

 

【月光の夏】(著:毛利恒之)を読了。

私は月末に翌月読む本をドバッと買いに行く。たまたま印象に残っているだけなのかもしれないけれど、導かれるように7月~8月には戦争を題材にした物語を読み、2月~3月には震災を題材にした本を読んでいる気がする。

 

【月光の夏】は廃棄されそうになった古いピアノを前に、ひとりの音楽教師が「捨ててしまうなら買い取らせて下さい」と言ったことから物語が始まる。そのピアノは45年前に若き特攻隊員が出撃命令が下った後に「死ぬ前にどうしてもピアノが弾きたい」とやってきて、奏でていったピアノなのだとか。その時に立ち会っていたのがその音楽教師である。

 

文庫本の裏表紙に『ドキュメンタリー・ノベル』とあって、どこが真実でどこがフィクションなのかと探りたくなるが、ピアノの存在も音楽教師の存在も特攻隊員の存在も真実のようである。

 

戦争の物語を見聞きすると、“戦闘機に乗って敵陣に突っ込む“戦い方が必ず書かれているけれども、いつもライト兄弟を思い出す。兵器として使われてしまった技術だけれど、彼らは純粋に空を飛びたかっただけなんじゃないかな、とか。昨今はドローンの無人戦闘機化にも同じようなことを思う。

 

この小説に魅かれたのは、出撃部隊の人員でありながら、エンジントラブルだったり、恐怖心で飛べなかった隊員たちがどうなるか、が描かれていたからだと思う。「恥ずべき存在だ、隠せ」と家族には死者として通告され押し込められた【振武寮】の存在。よくよく考えてみると、「お国のために死ね」と言われて死ねなかったのだから、こういう仕打ちは当然あったのだろうなあと思う。

 

【月光の夏】は映像化(映画化)されているのだけど、あとがきにこのようなことが綴られていた。

映画公開三ヵ月後のことである。振武寮体験者のOさんから、私は思いがけないことを聞かされた。『月光の夏』の原作者に振武寮のことを最初に話したものは誰か、ということが、旧軍の上層だったある筋で問題にされている。振武寮のことは「軍極秘」であり、それはいまもなお「軍極秘」のはずである、というものだった。私は一瞬、呆然とし、慄然とした思いがかすめた。(P233)

 

このあたりもフィクションを交えなければならなかった理由の1つなのかもしれない。明らかにできない行為が他にも沢山あったのだろうと考えると、戦争の残忍さが自分の中で増幅する。

 

日本が敗北を宣言した後、「死にに行け」と指導していた上官が自殺したという描写も、作中ではサラリと書かれていたがすごく印象に残っている。事実なのかフィクションなのかは分からないけれど、戦争は敗北を認めたあの一瞬で正と悪がコロリと入れ替わったのだ。それが生き残った方を傷付け、生き残っていらっしゃる方を傷付け続けている、戦争とはそんな行為だったのである。

 

戦争を描いた小説はいくつか読んでいるけれど、既視感が少なく読み進められる内容だと思うので、是非とも読んでもらいたい1冊である。

 

月光の夏 (講談社文庫) [ 毛利 恒之 ]

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