【おめでとう】偏屈でちょっと可愛い四十四の女について【天上大風】

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【おめでとう】(著:川上博美)を読了。

色んな”好き”を描いた全12編から成る短編集。12編もあるので、1つ1つは20ページ前後と短め。分かるような分からないようなそんな世界観の小説も多いので、この短さだから読めたのかも。

 

短編の1つである【天上大風】の始まり。

私はいま、貧乏だ。

手元にあるお金は、二万四千三百二十九円。今は八月三日。これで、八月二十四日の給料振込日まで暮らさねばならぬ。計算すると、一日約千百円で過ごすことになる。四十四歳の一人暮らしの女にとって、千百円で過ごす一日とは、なかなかに微妙な一日である。(P95)

 

何と吸引力のある始まりだろう。

 

四十四歳の女がなぜこんな事になっているか、と言うと、十歳年下の彼氏に別れを切り出されたあげく、翌朝起きると通帳と印鑑と彼の姿がなくなっていたからである。

 

彼の言葉「好きな子ができた、申し訳ない」がまさか「別れましょう」だなんて意味だとは思わなかった、という女の描写が何ともじわじわ来る。確かにこうやって明言を避ける人って居るよなあ…と思って読んでいた。

 

「別れたい」ならば、よし。「別れて下さい」も、よし。「お願いだからどうか別れてほしいのです」も、よし。しかし「別れてくれ」とは、つまりこちらの好意を暗黙のうちに期待し、かつ有無を言わせぬ自分の力を誇示し、しかも長の年月共に過ごして連帯意識を確認するところの、複雑怪奇な意味あいを含む言葉づかいだったのである。(P102)

 

「(あなたはまだ好きだろうけれど、こっちの決意は揺るがないから)(君ももうこの関係はダメだと思うだろう)別れてくれ」か。そう思うと、すごく上からの言葉に聞こえてくる。「(ワタシがもうダメなので)別れて下さい」は自分の非を認めている感じがして、よし。

 

こんなちょっと変わり者の彼女だけど、彼の事が本当に好きだったのが端々に伝わってくるのが切ない。「好きだったのぉぉぉお!」ではなく「好きだったんだけどなあ…」って感じ。何だか可愛くて、でも色っぽい人。

 

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