【桜の下で待っている】故郷が面倒くさいなんて普通だと思っていた

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【桜の下で待っている】(著:彩瀬まる)を読了。

 

「故郷」をテーマにした短編5作。

「故郷」と聞くとどこか母性だったり、色で言うと暖色のようなイメージを抱く。だけど実際は、「故郷」が誰にとっても温かく帰りたくなるような場所であるとは限らない。

煌びやかなイメージしか湧かないが、蓋を開けるとそうでもない「結婚」と同じように。

 

読書メーターの評価はすこぶる高いけれど、私には微妙だった。まず大人になってからの「故郷」や「実家」が面倒くさいだなんて普通のことだと思っていた。だって実家に帰れば子供としての顔を求められ、近所の人にはダレソレさん家の〇〇ちゃんという立ち位置を求められる。とっくに立場も心も成長しているというのに。それは普通に居心地が悪い。

 

こんな普遍的なテーマでこれだけの文字数の物語を書けることはすごいと思うけれど、一方で気付きや驚きみたいなものも少なくて少し退屈だった。

 

ちょっと例えがズレているかもしれないけれど、毎週子どもを連れて実家に帰る友人が居て、娘としての顔とママとしての顔と、旦那といる時の女のとしての顔と…色んな立場としての顔をすごくオープンに親の前で出している。

私は恥ずかしくて無理だなあって思うのだけど、それを何とも思わずに出来ちゃう人ならいくつになっても「故郷が面倒くさい」「居心地が悪い」だなんて思わないのかもしれないなあとふと思った。

 

最後に収録されている短編【桜の下で待っている】(表題作)に出てくる女性(帰れる故郷がない)が故郷がある人に対してこんな風に空想してしまうのはちょっと分かる気がした。

 

自分はかつて家庭に属していて、父親や母親、親族たちがいつも必ず親切なわけではなく、時にひどく理不尽なことを言ったりやったりするものだと骨身に染みてわかっているはずだ。それなのに他人の家庭について空想すると、やたらと平和で美しいイメージが頭にあふれる。(P225)

 

ここまで生きてきて思うのが、「他人はこうなんだろうな」とか「もしこうだったら」とか考え始めた時点で不幸の扉を開けていて、どれだけ進んでもその先に幸せはないんじゃないかってこと。

 

「過去は過去でどうしようもない、今からはどうしたいんだ?」って過去を嘆きそうになった時に積極的に考えるようになったら随分と精神的に楽に過ごせるようになった。

だから過去と結びつきが強い『故郷』は私にとって面倒でちょっと厄介な存在なのかもしれない。

 

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