【とにかくうちに帰ります】思い出す東日本大震災の日

f:id:arasukkiri:20210324191400j:plain

 

【とにかくうちに帰ります】(著:津村記久子)を読了。

 

日常の「あるある!」「いるいる!」を上手に描写される作家さんだなあと思う。彼女の小説を読むと、普段の私はいかに意地悪だったり傲慢な視点で人や出来事を見ているのだろうと反省する。マイナスな視点を捨てて見てみれば、モヤッとしていた『いるいる!』はその人の愛らしい個性でもあり、イラっとされられていた『あるある!』は笑いに消化できる一面もあるのだなあと思う。

 

【とにかくうちに帰ります】は豪雨で交通網がマヒした中、なんとか歩いて帰路につこうとする人たちの物語。

 

ここ数年、想像のレベルを超える自然災害が多く、”帰宅難民”という言葉を聞くことが増えたように思う。

私は運が良い事に人身事故で電車に2時間くらい缶詰にされた経験以外、ヘロヘロになるような帰宅困難な状況は記憶にない。そういう状況になったらカラオケとかネットカフェとか夜を明かせる場所でやり過ごせば良いのにって思っていたのだけど、逆にそういう危機的状況だからこそ心身共に安全地帯である”家”に帰りたくなるのかもしれないなと思った。

 

東日本大震災の日に10万円越えの高級自転車がバンバン売れたというニュースを思い出した。家への執念というか、「とにかく帰らなきゃ」って気持ち、私にはそんなに無いと思っていたけれど、あの日と同じような状況が私にも降りかかったら、3万円くらいまでの自転車だったら「えい!」って買ってしまうかもしれない。さすがに10万円は買えない気がするけど。

 

雨の中、濡れて気持ち悪く、体も冷えて、足も疲れて…

駅から家に帰るまでのコンビニは開いているだろうか。わたしもからあげが食べたい。味噌汁でもいい。菓子パンでもいい。あんことマーガリンのやつだ。おにぎりでもいい。あったかいお茶を飲みながら食べるのだ。ひさしぶりにインスタントラーメンも幸せかもしれない。

家に帰って食べたいものを、マッチ売りの少女のように数える。(P181)

 

この気持ちは電車に缶詰になった私にも分かる。

電車はいつ動き始めるんだろうというイライラの隅っこで、足が疲れたからお風呂に浸かりたい、お風呂上りにアイス食べたいな、買って帰るか、いやもう疲れたからシャワーとお茶漬けで済ませてサッサと横になろうかな…なんてことをずっと考えていた。”マッチ売りの少女”という比喩も何だか可愛くて好きだ。

 

温かい紅茶とちょっとしたお菓子をつまみながら【とにかくうちに帰ります】を読めているこの状況に、すこし感謝が浮かんだ。

 

雨の中歩いて帰るしかなくなった時、きっとこの小説を思い出す。そしてそんな嫌なハプニングの中でもちょっとだけドラマチックな面白い見方が出来るはずだ。この小説を知らなかった自分よりも、心が死なず1歩1歩家へと足を踏み出せるような気がする。

 

とにかくうちに帰ります (新潮文庫) [ 津村記久子 ]

価格:506円
(2021/3/24 19:33時点)