【あずかりやさん】誰のために、何のために預けますか?

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預かり賃は一日百円、先払いです。誰が預けにきたか、何を預けたか、誰にも一切公言いたしません。何でもお預かりします。

期限よりはやく受け取りに来てもお金はお返しできません。期限を過ぎても取りにいらっしゃらない場合は、おあずかりの品はわたしのものとなります。

 

数日間だけ自分の手元から存在もその影すらも消したい物があるだろうか、私にはおそらくない。

 

もしも、こんな『あずかりやさん』が存在していたらどんな人が利用するのだろうか、そんな興味でページを捲る。

 

第2章【ミスター・クリスティ】

この章が一番胸がぎゅうっ…としたので、【ミスター・クリスティ】について感想を綴っておきたい。

 

春から高校生になる男の子は、高校へは自転車で通うことになっていた。彼は母子家庭で育っていて、母親が近所の人に頭を下げてダサい自転車を譲ってもらったのだけど、離婚した父親に高校入学のお祝いとしてカッコいい自転車を買ってもらってしまう。

 

彼は学校に行く前にママチャリを預け、高校へはカッコいい自転車に乗り、帰宅前にカッコいい自転車を預けに”あずかりや”へ寄り、ママチャリに乗り換えて家へ帰る。

 

同級生の目もあるし本当はカッコいい自転車に乗りたいのだけど、自転車を探してくれた母親を想うと何も言い出せなくなってしまう彼の気持ちが何故だか痛いほど分かる。

 

ぶわっと中学生だった時の記憶が蘇ってきた。

 

私の中学校には卒業前のレクリエーションで、1年2年生は3年生に餞(はなむけ)として、3年生はそのお礼と自分たちの思い出作りに曲を歌う、そんなイベントがあった。

 

私が3年生だった時、音楽の先生が曲を選んできてくれたのだけど、それがまあ民謡みたいな独特な曲で、誰かが「こんな曲、嫌だ」ってボソッと言ったんですね。そしたら先生ボロボロ泣き始めちゃって。

 

その時は『わぁ、先生泣いちゃった、どうしよう』って気持ちでいっぱいだったんだけど、大人になってから振り返ると先生は曲に込められた想いとか歌詞の意味とか、それこそ先生の『卒業おめでとう』『これから頑張れ』って気持ちとか、私が想像する以上に多分たくさんたくさん考えて探してくれた曲だったんだろうと思う。

 

大人になった今でも、あの時をやり直せるとして、何て先生に声をかければ良いのか正解は見付かっていない。だって、あの時の私たちはもっと楽しく歌える曲を求めていた。

 

だから、この男子高校生が自分の欲求と母親への罪悪感で身動きが取れなくなってしまうのが、本当によく分かる。

 

本には彼がどちらの自転車を選んだか、その結末まできちんと描かれている。

だけど、身動きを取れなくなってしまう理由が有り余るほどの”優しさ”だから、仮に彼がもう一方の選択を取っていたとしても、自転車を探してくれた母親も買ってくれた父親もきっと笑顔で受け入れてくれたんじゃないかと思う。

 

大山淳子さんの本は初めてだけれど、いっぱい優しくてちょびっと切ない、何だか心が洗われるような作品だった。

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【あずかりやさん】が好きな人はおそらく本多孝好の【dele】も気に入ると思う。

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