【神様のケーキを頬ばるまで】幸福と不幸の境界線

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【神様のケーキを頬ばるまで】を読了。

 

彩瀬まる作品もついに4冊目か~と得意気になっていたら、調べてみると結構たくさん本が出ていた。まだまだだ。まだまだ楽しむことが出来る、嬉しい。

  

小川洋子さんの『アンネ・フランクの記憶』というエッセイで、「中学時代に自分でもどう言葉にして良いか分からなかった感情が、アンネの日記には言葉で書かれていた。言葉とはこれほど自由に人の内面を表現できるものなのだと驚いた」という文章が出てくる。

 

私は彩瀬まるの作品を読んだ時、『自分の中の感情は言葉で表すとこういう表現だったのか』と心のモヤモヤが少し晴れる時があって、彩瀬まるが書く主人公は私なんじゃないか?と思うことがある。小川洋子さんがアンネ・フランクに抱いた感想をわたしは彩瀬まるさんに抱いている。

 

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不幸と幸福の境界線とは?

劣等感に苛まれた時に橋場(はしば)には思い出す記憶がある。

喘息もちのせいで、運動会ではいつもビリだったこと。ビリのせいで名指しで応援される声。一等の子が自分を見つめる瞳。不真面目な生徒に「橋場くんを見習いなさい」と注意する教師の姿。

 

一等は望まずとも、団体に紛れることが出来るくらいにはなりたかった。

 

橋場は『勝ち組なんだろうな…』と感じずにはいられない体格も良く自信ありげな常連客につい聞いてしまう。

 

「俺はずっと、足が遅かったんで。他を全員抜いて、一着でゴールした時、どんな感じがするものなんですか。自分より足の遅い奴は、どんな風に見えるものなんですか。」

「店長、同期で会社辞めた奴いるか」

「そりゃ、何人かは。別業種に転職したり、個人で店を開いたり、音信が途絶えた人もいます」

「そいつらについて、どう思う」

「どうって……ああ、飲食業にはむいてなかったんだなって思います」

「それと同じだよ」(P92)

 

このやり取りを読んだ時に、あぁ幸福と不幸ってあんまり離れていないのかもしれないなと思った。

 

私の中で不幸と幸福はT字路で真逆に進んでしまったようなイメージがあって、その2つにはとんでもない距離があるように感じていた。

だけど実は、幸福と不幸は二車線で隣り合っていて、経験や気付きを得て「えい!」と乗り越えてしまえるぐらい近くにあるんじゃないか、ふとそんなことを思った。

 

過去に植え付けられた劣等感や失敗の記憶、大人になって克服できる人は『あれはむいていなかっただけ』『自分にむいているのはこれ』、そんな見方ができているのかもしれない。

 

橋場と対照的なのが別の短編【光る背中】に出てくる”芦原しおり”である。

童顔で低身長・華奢な彼女はそこが武器でもあり欠点でもある。

 

男性クライアントの反応は良いものの、弱っちい見た目とあがり症な性格も相まって、無茶苦茶な値段で依頼されたり、途中で内容を変更されたり、強引に話を持って行かれそうになる。

 

そんな彼女のお守りはウツボのフィギュアだ。常に持ち歩いて、無理難題を言われた時はウツボを思い出して自身を奮い立たせる。

「童顔、ちゃんと利用してるじゃないですか」

「使えるものは、使わないと。ほら、このタコなんか、状況に応じて色んなものに擬態するんですよ。それとおんなじ、生存戦略ってやつです」(P174)

 

海外の大きなファッションショーの映像なんかを観ていると、目を瞑って胸の前で十字を切ってからランウェイに出ていくモデルがいたりする。

 

日本では『信仰』『宗教』と聞くとネチョっとした暗いイメージを抱いてしまうが、いざって時に自分の背中を押してくれる『神様』のような存在を自分の中で持っておくことは悪い事じゃないと感じた。

 

何だろう『神様』って言葉のチョイスがちょっと危ない雰囲気が醸し出してしまうのだろうか。本のタイトルと掛けて『神様』という言葉を選んだが『味方』ぐらいがしっくりくるかもしれない。

 

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