【あのひとは蜘蛛を潰せない】自分の中にいる生き辛さ怪獣の正体

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彩瀬まるサンの本は2冊目だ。

今回感想を残す【あのひとは蜘蛛を潰せない】は、先日読んだ【朝が来るまでそばにいる】と一緒に購入し持って帰ってきた作品。

 

私にとって初の彩瀬まる作品である【朝が来るまでそばにいる】はなかなか独特な世界観で「ずいぶんと好みが割れそうな文章を書く作家さんだ」と思ったのだけど、今回読んだ【あのひとは蜘蛛を潰せない】でそのイメージはガラリと変わった。

 

私の語彙力じゃ上手い言葉が見付からないのだけど、本当に良い小説だった。

これを27~8歳で書き上げているのだから、とんでもない作家さんを見付けてしまったと思った。

 

生き辛さの正体を教えて

深夜、梨枝が働くドラッグストアに暴走族の少年たちが具合の悪い仲間を連れてやってきた。具合が悪そうにミネラルウォーターを飲む少年に、梨枝はスポーツドリンクを差し入れてやる。

 

薬も買えず、病院にも行くことの出来ない少年たちはしばらくいるものだと思っていたが気が付くといなくなっていて、駐車場には吐瀉物とガムの包み紙が転がっていた。ゴミを拾い上げると、紙の真ん中には『すみません』と小さな字が綴られていた。

 

「こんなメモを残すぐらいなら、吐いちゃいました、って言った方が楽になるのに」

「なにかをしでかしたとき、ちゃんと謝れたことがないか、謝っても許された経験がないんでしょう」(P18)

 

少し前に『怒り上手』『怒られ上手』なんて言葉をよく耳にした。

”謝っても許された経験がないんでしょう”…妙に心に響く。

 

近年は、優等生であればあるほど叱られることに打たれ弱いと思う。そういう人は怒られないように先回りして「あれは大丈夫」「これは大丈夫」と常に確認し、どこかビクビクしながら生きている。

 

あれ?これって梨枝のことじゃん?

 

本多孝好の『君の隣に』という小説で、塞ぎがちだった女の子が自身の家庭環境を隠すためにどんどん明るく、素行も良く、優等生になっていく描写がある。

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問題児だと家庭環境を探られてしまうから。優等生だと家庭環境を疑われることがないから。

 

自分を責めるバケモノ

本作には他にも欠かせない登場人物がいる。『バファリン女』だ。

 

あまりの頻度でバファリンを購入していくので、理由を尋ねると家族にも買うのだという。それにしても頻度が高すぎる。薬の取りすぎが頭痛を引き起こすこともあるので、それとなく病院への受診を促すと、冷たく拒絶されてしまう。

 

「ホントに家族と一緒に飲んでいるだけなのかもしれないけどさ。そうじゃなかったとしても、頭が痛いとか、なんか不安で薬が手放せないとか、そんなんぜんぜん変なことじゃないのに。あんな風にキリキリして、人の目がこわくなっちゃってんのが、ビョーキだなあって思いました。頭ん中に、自分を責める化け物みたいなもんが出来ちゃってんだと思う」(P56)

 

上で話した優等生が”叱られること”に弱い話に戻るのだけど、確かに失敗すると他人は「もう!」って思うのかもしれない。だけど失敗は誰にでもあるし、謝って感謝して次から気を付ければ良いだけ。むしろ、それ以外に出来ることなんてない。

 

『恥ずかしい』『みっともない』って気持ちをぐんぐん太らせて、行動や言動の一挙一動が怖くなってしまう。そんな化け物を作り上げているのは他でもない自分自身なのかもしれないなと思った。

 

人は人のことなど分からない

梨枝は母親に『みっともない人にならないでちょうだい』と厳しく育てられて、必要以上に不安がって生きるようになってしまったのだけど、ある日同僚が「何でもかんでも『大丈夫ですかね…』って確認するのがうっとうしい。あの年まで大した苦労もせず、周りに甘やかされながらやってきたんだろうな。良い身分だよなあ」と悪口を言っているのを耳にする。

 

胸にすとんと落ちてきたのは悲しみや怒りではなかった。(中略)

こんなに、違うのだ。横田さんが抱いている私の像と、実際の私と。(P226)

  

他人のことを完璧に理解することなどできっこない。だから他人の目を気にする人生は常に自分が足らない気がしてしんどいのだ。

 

だけど仮に相手の心が丸裸に見えたとしたって凸と凹がこれっぽっちも噛み合わなくて、いがみ合ってしまうこともある。仕方がない。

 

この人がどれだけ私を笑っても、馬鹿にしても、その原因は私にはなんの関係もないことなのかもしれない。その時が来たら恨まれる、と三葉くんは言った。自分が悪くても、悪くなくても、覚悟があろうとなかろうと。(P227)

 

こんな時、人に好かれるかどうかで立ち振る舞いを変えているとポキッと何かが折れてしまうだろう。自分を凛と立たせてくれるのは『自分は間違ったことをしていない』という自信なのだと思う。

 

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