【グッド・コマーシャル】何かと批判も多い彼ですが。

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グッド・コマーシャル】(著:西野亮廣)を読了。

 

西野亮廣ってキングコングの西野じゃん」と気が付いたのは読み始めてから。よくよく見てみると『幻冬舎よしもと文庫』という聞いたことがないレーベルから出版されている。タレントが書くエッセイは好き好んで読むけれど、小説はなあ…というタイプの私。だってどうせ読むならネームバリューが無く出版にこぎ着けた作品を読みたいじゃない?しかしながら買ったからには読みましたよ、グッド・コマーシャル(著:西野亮廣)。

 

ゴーストライターの芥川は良作を生み出したのに本体(作家)にぞんざいに扱われ、借金に苦しみ、人質たてこもり事件を企てる。しかしながら、人質に選んだ女は『死にたい』と思っていて。これじゃ人質事件が成立せず身代金が要求できないではないか…!

 

登場人物たちのやり取りが噛み合っていないのに、ズレたまんまでストーリーが進んでいってしまう様がどこかコントっぽくて、芸人さんが書いたのだと言われると「なるほど、確かにそんな感じのする作品だ」と率直に思う。読みながら、エイプリルフールズを思い出した。

 

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ラソンだったら、ゴールテープを切ったあとの爽快感や達成感が、それまで苦しんだ分を取り返してくれるけど、人生のゴールは姿形ごとなくなってしまうから、その後の爽快感も達成感もヘッタクレもあったもんじゃない。(P38)

 

スターも一般人も、金持ちも貧乏も、美人もブスも、最後は結局、皆死んでしまう。平等に与えられた結末だ。今死ななくても、どうせいつかは死ぬのだ。

どうせ死ぬ。そう考えると、わざわざ急ぐ必要もないような気がしてきて、身体がフワッと軽くなった。(P94)

 

西野さんってプペルの報道とかでサイコパスな印象があったから、『貧乏も金持ちもブスも美人も最後には骨だよ』だなんて、随分と弱者に寄り添った考え方も持っているんだなあと思った。

 

コメディが得意な作家さんに比べると、言い回しが気になったり、ちょっと無理矢理進んだり、拙いところもあったけれど、勢いで最後まで読めてしまうし、読後感もよく、楽しい作品だった。

 

芸人さんってコントをするから、ネタ(文章)を作れたり、演技ができたり、小物が作れたり、多才の人が多い。彼もその一人なのだと思った。

 

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【密やかな結晶】無いなら無いなりに

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【密やかな結晶】(著:小川洋子)を読了。

 

少しずつモノが消失していく世界の物語。モノが消滅するとそれにまつわるニオイや音、記憶なんかも失われていく。

例えば虫取り網が無くなったら、セミの響くような鳴き声や、うだるような夏の暑さと夏のニオイ、捕まえた時の達成感…そんな思い出たちも浮かんでこなくなる。

【密やかな結晶】の世界には、記憶が失われない人が僅かに存在しているのだけど、そんな彼らは異端として秘密警察に連行されてしまう。小説家の主人公は、担当編集者のR氏が記憶を失わない人物だと知り、匿って生きていくこととなる。

 

記憶が失われる喪失感、政府に逆らっている(R氏を匿っている)恐怖、日に日に生活必需品が手に入りにくくなる欠乏感。

 

コロナウイルスでどこにもマスクが無かったり、「特大台風が来るぞ」ってなってインスタント食品やパンがスーパーから消えたり、ショッピングモールで空き店舗が目立つようになったり、瞬間的ではあるけれども、小説の世界観と似ている経験や感覚は意外と現実世界にもあるんじゃないかと思った。モノが欠けていく世界に対して私は、寂しいとも怖いとも違う、私の生きる世界に黒やグレーが増えていき彩りが減っていくような感覚を覚える。

 

色が失われていく世界で、「手に入ったものでご馳走を用意したよ」って開催されたおじいさんの誕生日会はパッと空気が明るくなって色が蘇った気がした。

この小説を読んで『こんな世界に抗うには』と考えてみる人も多いのかなと思うけれど、私は『こういうどうにもならない世の中になったときはこうやって楽しめば良いんだな』とおじいさんの誕生日会のページを読みながら思った。

 

「心がぎゅうぎゅう詰めになって、窮屈になったりしないのかしら」

「いいや、そんな心配はないよ。心には輪郭もないし、行き止まりもない。だから、どんな形のものだって受け入れられることができるし、どこまでも深く降りてゆくことができるんだ。記憶だって同じさ」(P127)

 

この文章を読んだ時に、思い出や記憶は確かに無限に心にしまっておけるなあと思った。だけど、最後まで読んだ時には、記憶や思い出って薬箱みたいなところにザーッとしまわれていて、開ける(思い出す)ことがなければそれは結局無いのと同じなのではないかと思った。

 

その理由は、R氏には主人公の元へ潜伏する前に別れを告げた妻と子どもがいるのだけど、最後の方には家族に対する描写がこれっぽっちも出てこなかったから。彼は記憶をはく奪されない特別な人物で、記憶は確かに”ある”のに、思い出せ(さ)ないから。

 

記憶のはく奪は悲しく寂しい、許せないことだけれど、R氏のように記憶をはく奪されなくても私たちは日々色んな事を忘れていく。だからこそ、はく奪されまいと足掻く姿よりも、失われた世界で楽しみを探す姿の方に共感したのかもしれない。

 

消滅・消失の物語ということで、筒井康隆の【残像に口紅を】を彷彿とさせた。 

honnosukima.hatenablog.com

 

しかしながら、こういったテーマの作品の結末はいつも同じ。自身の消滅。それぞれの作品は面白くとも、何作か読むとマンネリは否めない。こういう締めが綺麗なのは分かるのだけども。

 

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【嫁の遺言】現実の「おとぎ話」に白馬の王子は出てこないけれど

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【嫁の遺言】(著:加藤元)を読了。

 

昭和のどこか不器用で、でも人の心の温かさが確かに感じられる、そんな懐かしさに富んだ短編集。

器用に人生を勝ち進んでいる人よりも、不器用で「もっと上手くやり過ごしなさいよ!」って人に肩入れしてしまうのは、不器用にしか人生を歩めない人間ゆえに抱いてしまう贔屓なのだろうか。

 

「あほだなあ」「しょうがないなあ」と許されたり、受け入れられたり、そんな優しさってどうしてこんなに温かいんだろう。やっぱり密な関係じゃないと言えない言葉だからかな。

 

昨日、華原朋美がバラエティに出ていて、私の想像よりもずっとお茶目な人で驚いた。この人がどん底になった時に必要だったのは「もう朋ちゃん、アホやなあ」って笑って受け入れてくれて、失敗を過去の事として扱ってくれる人だったんじゃないかと思った。

 

あとがきで筆者がこんなことを述べている。

どの物語も、ハッピーエンドとは言えない。それだけの現実を背負っている。

しかし、主人公たちは、みな、昨日よりほんの少し、優しいひとになっている。そして、それ以上に幸福な「おとぎ話」の結末はないと、筆者は考えているのである。(P303)

 

その辺の曲がり角から白馬の王子様が飛び出してくることも、保護した犬猫が王子様・お姫様だなんてことも現実世界ではあり得ないわけで、現実の「おとぎ話」ってまあこんなもんだよなあと。

逆を言えば、昨日よりもちょっと穏やかでいられるのは、奇跡みたいに幸せな事なのかもしれない。そういうちょっとずつのことを大事にしていかないとなあと思った。三段跳びをして幸せになった人ばかりが目に付いて、このことを忘れてしまいそうになる。

 

余談にはなるけれど、そうやって不幸感で胸がいっぱいになった時には、スマホを置いて外に出ると良い。ネット上には情報が多すぎて、嘘か本当がキラキラした人がたくさんいて、現実の「おとぎ話」のような幸せを『この程度…』と”惨め”に変換してしまうことがある。外に出てみると、そんなキラキラばかりではないし、幸福に溢れていない自分も悪目立ちしていないことに気が付ける。

 

「どんな風に生きたいか」と問われているような気持ちになって、『不器用でも良い。立派じゃなくても良い。チャーミングに生きたい。』と、そんな風にかつて思っていたことを改めて思い出させてくれた作品だった。

 

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【うつくしい人】誰もが誰かからの”うつくしい人”

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【うつくしい人】(著:西加奈子)を読了。

 

西加奈子の作品は2作品目。前回の作品があまり私にヒットしなかったので、どうだろうか…と思いつつ手に取った。今回の作品は結構好き。

 

あとがきで『精神的に不安定な時期に書いた』と仰っていて、なるほどなと思う。息苦しさが滲んでいるような文章だった。

 

私は、「誰から見た私」でしかない。ずっと誰かの真似をし続けてきた私は、自分の感情の答えを決めることさえ、出来ないのだ。(P19)

 

誰に―、て言われると本当、誰に、て感じなんですけど。とにかく気になるんです。気になるの、人の目?自分が社会的にどういう位置にいるのか。どう思われているのか。自分のことを見ている自分の目が、何重にもありすぎて、自分が自分でいることがどういうことか、分からなくなるんです。(P147 一部改変)

 

私自身もこういうことに悩み苦しんでいる1人ではあるけれども、『世間の正解ばかりを気にしていたら自分の感情が見えなくなっちゃった』って人物が出てくる小説って結構多くて、隠しているだけでありがちな悩みなのかなあと最近思っていたりする。

 

似た悩みを持つ登場人物が悩みから解放されていく様子は、ポワッと希望を与えられた気持ちになるので、そういう意味でも読んで良かったなと思う。

今まで随分、自分の体に意地悪をしてきた。押さえつけ、誤魔化して、「彼女」の欲望に、耳を傾けなかった。(P219)

 

私は誰かの美しい人だ。私が誰かを、美しいと思っている限り。(P227)

 

ここで言われる”美しい人”は美形という意味ではなくて、好かれるとか好感を持たれるとかそんな感じ。

 

【あのひとは蜘蛛を殺せない】(著:彩瀬まる)という作品に、親からかけられた”ちゃんとしなさい”の呪いに怯えて生きる女性が出てくる。終盤で『自分に理由があろうがなかろうが、嫌われるときは嫌われる』って気が付くのだけど、これと似たような言葉で『全人類に好かれる人はいないし、全人類に嫌われる人もいない。だけど、自分というものがなく相手に合わせてフラフラしているだけの人は誰の特別にもなれない。』という文章をどこかで読んだ。この2つをふと思い出した。

 

どうせ嫌われる、わがままに生きても共感してくれる人もいる、そう考えると世間体に怯えて生きるのって何だか馬鹿らしい。

自分をパーンッ!と解放するかどうかは別として、この事実を知っただけで、世間体に対して感じていた恐怖レベルがぐぐぐっと下がったのを確かに感じた。

 

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honnosukima.hatenablog.com

 

 

【誰かが足りない】思い通りにいかない人生を生き抜くヒント

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【誰かが足りない】(著:宮下奈都)を読了。

 

実はずっと資格の勉強をしていたから本を読むのは1ヶ月半ぶりで。前回更新したものは、読み終えてメモだけ取っていて、勉強に行き詰まったタイミングで更新したものだったりする。【誰かが足りない】はひと月以上開いていてもスルスル読めるくらい、読解難易度は”易”な作品。

 

各章の登場人物、認知症だったり、引き籠りだったり、失敗のニオイに怯えていたり。そんな人たちが1歩踏み出して予約の取れないレストラン『ハライ』に予約を入れる話。

 

読み終えて、どうしてこんなに『ハライ』を重要そうに描いちゃったんだろうと思った。何かキーポイントになっているのではないか?と思わせてくる描写のわりには。偶然同じ日に予約を取った人たちが各章の主人公になっているのだけど、彼ら・彼女らが交差するわけでもない。

『ハライ』じゃなくて、予約の必要なお店だったらどこでも良かったんじゃないかなあ。

 

個人的に学びがあったのは最終章、失敗のニオイが分かってしまう女性の話。

失敗している人、人生が失敗する選択を選んでいる人のニオイが分かる主人公。かと言ってそれをどう止めて良いのかも分からず、不吉なニオイを漂わせる人をただ避けることしか出来ない。「失敗じゃなくて成功のニオイを感じられる能力なら良かったのに。」

 

この女性は『ハライ』に予約を入れるきっかけになる出来事でこんなことに気が付く。

「笑えば良かったんだ」

借金だって、不合格だって、ネコババだって、男に騙されたことだって、笑ってあげればよかったんだ。だって、だたの失敗なんだから。それだけのことなんだから。

「キケルゴールが書いてた」

死に至る病というのは絶望のことのような気がした

「失敗自体は病じゃないんだ。絶望さえしなければいいんだ」(P177)

 

どの作品の感想で書いたのかは全く思い出せないんだけど、「人生で1度も失敗しないなんて無理なんだから」って綴った記憶があって、改めて『失敗しちゃった』って弱みを見せられるのって人としてめちゃくちゃ強いなあと思った。

 

失敗した時に「どこで間違えちゃったんだろう」って人生を遡っていくと、あの人に出会ったのが間違い、出会う場所に行ったのが間違い、そこに連れて行ってくれた友人と出会ったのが間違い、友人と出会うきっかけになった場所に行ったのが…ってズルズルと生まれ落ちた瞬間までたどり着いて、人生を全部を否定することになっちゃうんじゃないか、って描写があったんだけど、何だか分かる気がした。

『生まれてきたのが間違いだった』って思考を私は少し持っていて、失敗の原因探しをしちゃっていたのかなあと思う。

 

失敗した時にどうすれば良いか。落ち込んで、落ち込んで、その後はさっさとそれを過去のことにして生きていくのが1番健全なんだと思う。だって、どんなに嘆いたって過去には戻れないし、やり直しも出来ないんだから。

 

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【かわいい結婚】このお金が必要になる日が訪れませんように

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【かわいい結婚】(著:山内マリコ)を読了。

【かわいい結婚】というタイトルながら、読み終わると「結婚ってファンシーじゃない」と可愛いの真逆の感想を抱く作品。

 

結婚に憧れた時に、甘い生活ばかりをイメージしてしまうのは何故なんだろうか。

『結婚は生活』(恋愛は娯楽?) という言葉は昔から言われていること。「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」なんて甘い生活を半世紀以上も続けることが難しいことなんてちょっと想像すれば分かることなのに。

 

明石家さんま…だったかな?「結婚して幸せの最高潮にいます!」って新婚の芸能人に「そりゃ人生どん底の時に結婚するやつはおらんからなあ」って言っていたの。文字にするとちょっと意地悪な感じがするけれど、実際は全然そんなんじゃなくて、「あぁ、確かにそうだなあ」と妙に納得したことを覚えている。

「病める時も、健やかなる時も~~」なんて誓いの言葉があるけれど、誓い合っているその時は健やかで喜びのときなわけで、病めるときや悲しみのときや貧しいときでも誓い合えましたか?って言われると、ね。

 

結婚というゴールにたどり着いたと思ったら、この生活が一生続くことに気が付いてモヤッとする女性が出てきたり。この辺はちょっとリアルなんじゃないかと思う。結婚していないから想像でしかないけれど。

 

結婚していないからか、表題作の【かわいい結婚】よりも【お嬢さんたち気を付けて】という作品の方が好きだった。

ユリとあや子は大親友。社会人になった2人は、あや子は田舎で腰掛のOLにユリは都会でバリバリ働くようになる。腰掛であることに不安に感じていたり、稼いだお金でブランド品を買うことにそれほど幸せを感じられなかったり、悩みはそれぞれ。

そうして過ごすうちに、ユリはあや子から結婚と妊娠の報告を受けて…。

 

ユリは大親友のあや子からの”妊娠報告”におめでとうと思えなかった。それは嫉妬からではなく、これまで彼女から話を聞いていて彼女の旦那がどこか不誠実に感じていたから。

そこでユリは背伸びをして購入したブランドバッグを査定に出し、その金額を「このお金を使うことなくあや子の人生が終わりますように」「お幸せに」と祈りを込めてあや子の口座に振り込むことにした。

 

「佳彦さんに知られていない銀行の口座ってあんの?ちゃんと自分のお金、貯めておきなさいね。いざってとき、先立つものがないと惨めよ」

「後生だから自由にできるお金だけはちゃんと持っていてね。両親からもらったお金でもいいし。いざって時に使えるお金。いざってときにお金がなくて身動き取れないのが、いちばん惨めなんだから」

「離婚なんてダメだけど、でも離婚したいときにできるだけのものは、ちゃんと持っておかなきゃ」(P205 一部改変)

 

昔「結婚する時に親から100万円を貰って、それを旦那に話したと言ったら親に怒られた。でも今なら分かる。あれは何かあった時に動けるためのお金だったんだ」といった内容のブログを読んだことがあって、それを思い出さずにはいられなかった。

 

ブログを読んだ当時も「まあそういういざって時のお金は必要だよね」とは思っていたけれど、結婚・出産をする同世代が出てくる年齢になってそういう情報(結婚・出産・離婚)が耳に入ってくるようになったからか、「絶対に!持っておくべき!」とあの頃ののほほんとした感じはどこへやら、今では唾が飛び出す勢いで同意する。

 

現在『3組に1組は離婚している』と言われていて、これに対して「同じ人が何回も離婚しているからだよ!」「3分の2は離婚していないってことだよ!」なんて意見を聞くけれども、私は『離婚したいけれど出来ない離婚予備軍を入れたらどうなるんだろう』って思っていたりする。悩みの方向が変わっただけで可もなく不可もない人、結婚しなければ良かったと思っている人、そして離婚した人…幸せになれる結婚をした人なんて3分の1くらい?

 

今まで生きてきて私にはその3分の1の幸運を掴む運の良さは無いだろうと思うから、いざって時のお金は作っておかなくちゃ、と改めて思う。使う機会がなければ「幸せな結婚生活で良かった」で良いんだし。

 

かわいい結婚 (講談社文庫) [ 山内 マリコ ]

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【残像に口紅を】名前が存在を浮き彫りにする

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残像に口紅を】(著:筒井康隆)を読了。

あ・い・う・え・お。言葉がひとつずつ消えていく世界で生きる小説家を描いた物語。

 

『あ』と『ぱ』が消えた世界では、「モフモフとして、かつてブームになった動物はなんだったかな?」といった具合に。

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『る』と『か』も消えた時、その存在すら思い浮かばなくなって、この世から消えてしまう。

 

読み始めた時、言葉が欠けたくらいで存在も消えていってしまうなんて「どういうことだ?」とあまりピンと来なかった。

だけど、これが”目には見えないけれど存在している物”にあてはめると少しイメージがしやすくて。例えば『あい』とか『くうき』とか。『あい』という言葉がなければ、私たちはどうやって愛を認識するのだろう。『くうき』という言葉がなければ、私たちの周りに確かにある酸素を含んだこれらの存在が、存在することすら気が付けないのではないだろうか。

 

存在に値するものだから名前が付くのか、名前が付いたから大衆が認識できるモノになるのか、それは分からないけれど、『名前が付いたことで存在が浮き彫りになる』というのはありそうだなあと思った。だから、名前が無くなればその存在が薄くなりいつしか忘れ去られてしまうのだと。

 

主人公の娘の名前の一文字が消え、彼女の名前が出てこなくなって存在も消えてしまった時は『ことばが消えていく世界』ならではの面白さが始まるのだとワクワクしたけれど、中盤は中弛み。

なぜならば、文字が減っても意外と言い換えが出来て、物語や会話が成り立つから。赤色は紅色・朱色でも通じるし、妻は嫁ともパートナーとも言い換えられる。

「文字が減っても意外と平気だなあ」と思ってしまったのは、筒井康隆の語彙の多さゆえだろうか。

 

しかしながら、その言い換えも難しくなるほど言葉が欠けた世界まで到達すると、気味の悪さが戻ってきてまた面白くなる。

残っている文字が0に近付いていくにつれて、不思議とどんどん世界から色彩も失われていくような気がして、頭の中で再現される物語はモノクロに。

最後『さらに「ん」を引けば世界には何も残らない』、この一文が目に飛び込んできた時、世界が黒一色に支配されて何にも浮かんでこなくなった。300ページ余りをずっと共にしてきたはずの主人公の存在も、その瞬間私の中で本当に消えてしまったのである。

 

残像に口紅を (中公文庫) [ 筒井康隆 ]

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